しおんのゆめ・・・わたしのまわりは神様からのプレゼントでいっぱい!

収穫のために働こう








収穫のために働こう




 ところが、ほかの種は良い地に落ちたので、はえ育って百倍もの実を結んだ」。こう語られたのち、声をあげて「聞く耳のある者は聞くがよい」と言われた。 <ルカによる福音書 8章 8節>


 イエス様は、周りにぞくぞくと集まってくる群集を前にして、たとえ話をされました。弟子たちも、「どうしてたとえでお話になるのですか?」と聞かれるくらいたとえ話は、聞く耳を持つものにしか聞くことの出来ない話だったのです。

 この頃ユダヤ地方の種まきは手に取った種を土地に放り投げるようにしてまいていたのでしょうか、種は風などによって飛ばされたりして色々なところに落ちたのです。道に落ちた種は鳥が食い尽くしてしまい、岩の上に落ちた種は水がないので枯れてしまい、茨の中の種は茨のほうが成長が早く上をふさがれてしまい、成長することが出来なくなってしまいました。しかし、種をまくものは、全ての種を、道や、岩の上や、道路に向けてなげるはずはありません。

 まず、イエス様が種をまく人として考えて見ます。すると、もちろん種は、みことばですから、それを大きく育てるために、イエス様は畑を耕し、肥料をまき、水を与え、土地をより良い土地に造りあげてくださるでしょう。そして、良い土地をめがけて投げてくださるに違いありません。だとすると、私の心の中の良い土地の部分を増やしていただければいいのです。そうすると、たとえ、不機嫌で、怠惰で、強情な心の部分があったとしても、そこに落ちて枯れて死んでしまう種よりも、良い土地で100倍に増えて成長する種のほうが多いに決まっています。

 私たちはなんと幸せ者でしょうか。土地作りも種まきも、お世話もイエス様、おまけに成長させてくださるのもイエス様、刈り取って私の実を喜んでくださるのもイエス様、共に実を食するのもイエス様なのです。

 では私たちは何もしないでいいのでしょうか。私たちはイエス様と、共に働くものとして、イエス様のお言葉を預かっています。働き人として種を携えて種まきに出かける必要があります。私たちはいつでも、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を述べ伝えよ<マルコ16:15>」とのイエス様のお言葉に従うものでありたいと思う、いや従えるのです。イエス様はすべてを準備してくださるからです。「種まく者に種を与え、食べる者にかてを与える。< イザヤ書 55章 10節>」とありますから、種まきに出かけましょう。下手くそで、なかなか良い土地に種が落ちないかもしれません。しかし、良い土地を探し出し、種を成長させてくださるのはイエス様ですから、恐れず、蒔きましょう。収穫は多いのです。

 私の心の土地を耕し良い地としてくださるイエス様は、又、私にも耕す土地を与えてくださいます。それは一人ひとりに、ふさわしい、最も最適な方法でもたらされるはずです。




 

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