しおんのゆめ・・・わたしのまわりは神様からのプレゼントでいっぱい!

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イースターうさぎ






イースターおめでとうございます



   イースターうさぎ


 イエスは女に言われた、「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」。マリヤは、その人が園の番人だと思って言った、「もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。わたしがそのかたを引き取ります」。
 イエスは彼女に「マリヤよ」と言われた。マリヤはふり返って、イエスにむかってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生という意味である。<ヨハネによる福音書20章14 ~15節>
 



「イースターエッグはイースターうさぎが生んだ卵」という話しをきいたことがあるでしょうか。「えっ?」と、ちょっと驚きますね。

 私も詳しく知っているわけではありませんが、こういう話しがあります。子供たちはイースターの日、あちこちにかくされたイースターエッグをゲームのように楽しんで探し回ります。あるイースターの日、イースターエッグを見つけた子供たちはその不思議な卵に目を奪われていました。その時一匹のウサギが飛び出してきたのです。子供たちの目にはイースターエッグはまるでそのうさぎが生んだように見えて驚いたのです。

 このうさぎは今ではイースターのシンボルとなっています。

 大人にこのような驚きはありません。常識では考えられないことだからです。私たちの日常では考えられない出来事、それは2000年前も同じであったと思います。マグダラのマリヤは愛する主のお体が、どうして墓の中にないのか理解できませんでした。誰かが持ち出したのだと思いました。誰かがかくしたのだろうかとも思ったでしょう。

 ところが、思いもよらぬことが起こったのです。彼女はイエス様が生きていらっしゃった時、多分聞いていたと思うのですが、そのことが目の前で起こった時、理解できなかったのです。復活なんて、当時の人々にとっても、今の私たちのようにすぐに信じられるようなことではないのですね。

 ところがこの時、イエス様が話しかけても解らなかったマリヤでしたが、イエス様が「マリヤ」と彼女の名を呼んでくださった時、気がついたのです。マリヤの口からは思わずいつもの「ラボニ」という言葉がでたのです。この時のマリヤに常識はありません。イエス様がいるはずもない、などと考えたり、思ったりする間もありません。即「ラボニ」と答えたのです。

 今でも、イエス様がわたしたちを呼んでくださる時、それは信じていない人にとっては非現実なものとして、また不思議なこととして聞こえるでしょう。しかしイエス様が私たちの名を呼んでくださる時、この不可思議な現実を信じることが出来るはずです。

 「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。<ヨハネによる福音書11章 25節> 

イエス様の復活とともに、私たちが新しく生まれ変わり生きるということ、それはイエス様の十字架の死と復活による罪と死からの勝利なのです。 

イースターの朝の奇跡は、イエス様がまず最初に罪人の頭なる私に会って下さったことです。


 

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