しおんのゆめ・・・わたしのまわりは神様からのプレゼントでいっぱい!

タンバリンと踊りで









タンバリンと踊りで




そのとき、アロンの姉、女預言者ミリアムはタンバリンを手に取り、女たちも皆タンバリンを取って、踊りながら、そのあとに従って出てきた。
 そこでミリアムは彼らに和して歌った、「主にむかって歌え、彼は輝かしくも勝ちを得られた、彼は馬と乗り手を海に投げ込まれた」。<出エジプト記15章20、21節> 



 5月GWの中、4、5日は父が召天して後、三回目の「信徒一泊セミナー」であった。思いっきり賛美をしたいというのもあって、私の心の中では早くから「賛美について」をテーマにしたいと決めていた。

 賛美の中で私たちは神の国と直結する。主の臨在が私たちの自由な賛美を調和させてくださる。そこに、歌、異言、霊歌、笑い、踊り、と、様々な聖霊様によるお導きがある。

 誰か一人が特別なのではない。ミリアムが皆に和して歌ったとあるように、賛美の中には神の国のハーモニーが満ちあふれている。皆こぞって主を賛美するのだ。タンバリンを打ち鳴らし、踊るのである。これは主へのささげものであり、感謝と勝利の祈りでもある。


 
 しかしイスラエルのさんびの上に座しておられる、あなたは聖なるおかたです。<詩篇22篇3節>


 ダビデが主の箱の前で力の限り喜び踊った時、そこに臨在する主のお姿が、そして主の尊厳、力、満ち充ちる主の栄光が見えていたに違いない。信じるものに対して絶対的な愛を持って応えてくださる神、この神を恐いほどに畏れ、また、喜んだことであろう。


 わたしはイスラエルの人々をエジプトから導き出した日から今日まで、家に住まわず、天幕をすまいとして歩んできた。<サムエル記下7章6節>


 私たちの賛美を住まいとしてくださる主に感謝しよう。びゃくだんの木や杉で作った立派な神殿は建てられないかもしれない。しかし、主はとらわれていたところから私たちを救い出してくださったその日から、私の魂を天幕として住んでいてくださったのだ。

 主が共にいてくださる、私と住まいを共にしてくださると言うことほど安心なことがあろうか。ダビデに対しても私たちに対しても、常に勝利と平安を約束してくださる神の守りがどんなセキュリティ会社よりも安全だと思うのである。この世のお金はいらない、いるのは信仰という切符のみだ。「いいなあ!」とちょっと嬉しくなる。

 さあ、主の御座に近づこう。もっと、もっと近くに行こう。

 主の御前で、おもいっきり賛美しよう。ダビデの妻ミカルではないが、人がどんなにさげすもうと、私たちの神様はとてつもなく喜んでくださるはずだ。ダビデのように歌い、ミリアムのようにタンバリンと踊りで主をほめたたえよう。
  


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