しおんのゆめ・・・わたしのまわりは神様からのプレゼントでいっぱい!

信じて祈る







信じて祈る



     もうだめだという時に 悪魔はすぐつけこむ
     信じぬかば勝利をえん いのりぬけいのりぬけ
     勝ちをえよ 勝ちをえよ 主を信じて勝ちをえよ
     ただ主を信じいさましく 疑わで勝ちをえよ
             「エリコの城をかこみ」聖歌706より
 

 「目の前に立ちはだかる壁に何度挑戦してみてもぶちあたるだけで、一向に動かない。前に進みたいのに進めない。乗り越えようにも壁は高すぎる。もうだめだ、とちょっとでも心がくじけるとサタン(悪魔)はすぐつけこんでくる。目を覚ませ、祈るのだ、私たちの勝利は信仰によって得られる、信じぬくんだ。」という勝利の歌だ。祈りぬけ、祈りぬけと言う歌詞もとても好きだ。

 信じるってどうすればよいのか、祈ると本当に勝てるのかと、足踏みしていると、勝利はサタンにかっさらわれてしまうのだ。こんな疑いは全て放り投げて、ただ賛美し祈る。とにかく祈り求めさえすれば、後のものはついてくる。祈りぬけ祈りぬけだ。

 といっても気持ちが沈んでいる時は何をしてもうまくいかない。まるで私の心の底には気というものがかけらもないと思えるほどに、気力というものが湧いてこない。しかし、神様は約束してくださる。どんなときでも、何が出来なくても、ただ信じて求めよと。


 イエスは彼に言われた、「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる」。<マルコによる福音書9:23>

 求めよ、そうすれば、与えられるであろう。<マタイによる福音書7:7>

 さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。<ヘブル人への手紙11:1>



 私が望んでいることが神に届いていると確信すること、目の前に聞かれた祈りの答えがまだ見えていないとしても今ここに確かにあると認めること、これ自体が祈って与えられる聖霊様の回答に違いない。また「わたしはこれを望んでいるのです、神様。」と自分の望んでいることを知ることも必要だ。

 人は信じろと簡単に言われてもなかなか信じられるものではない。

 信じているものに対しては、信じようなんてあえて思わないが、信じられないものを信じようと思うと、思えば思うほど信じるのはむずかしくなる。しかし、たとえわたしたちが信じられなくても、「祈れ、求めよ」といわれるイエス様に素直に従って祈りを始めてみよう。不思議なことに祈っていくとだんだん信仰が湧いてくる。

 壁にぶち当たり先に進めないときはいつでも「イエス様」と祈り始めよう。




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