しおんのゆめ・・・わたしのまわりは神様からのプレゼントでいっぱい!

神の偉大な力








神の偉大な力



 最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。<エペソ6:10>


 弱い私が強くなる方法はひとつしかありません。

 それは主にあってです。イエス様が共にいて下さることで、わたしたちは強くなれます。パウロは本当の強さを知っていました。だからこそ私たちに「主にあって強くなれ」といえるのです。本当に強いということは自分の力の強さのことではありません。

 主にあって強い時というのはイエス様の偉大な力が、私たちのうちで充分に発揮できる状態にある時です。私の心がイエス様に対して砕けた素直なものであるということがこの状態なのです。イエス様が私のうちにあって充分にそのお力を満たして下さると、この力は外に向かって大きな効力を発し、私たちの内も、外も強くなれるのです。

 主の力が私たちの中に働いて下さるのは、私の信仰が素晴らしいからでもなく、私に強い信念があるからでもありません。ただ、神様の御前で自分の無力さをはっきりと知る時に働いて下さいます。それを教えて下さるために、主は色々な手段をもって私たちに迫ってこられます。それは主ご自身の偉大な力の働きのためにほかなりません。


 人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。<詩篇8:4>


 私たちを愛してやまないイエス様のお心が本当の力をわたしたちに与えて下さいます。「もうだめだ」というときに、サタンも確かに隙を狙ってきます。しかし、それ以上に「もうだめだ」というときにこそ、主の御手が働いて下さるのだと私は信じています。

 しかし、いつも「もうだめだ」では大変です。この主の力をまるで自分の所有物のように主の十字架の血潮で被っていただきしっかり逃さず、神の武具で身を固め、常に心の中を主に明け渡す生き方をしていきたいと願っています。

 イエス様は私たちにご自分と同じような働き、いやそれ以上の業をするんだと、お言葉を残されました。それは、イエス様のわたしたちに対するお約束でもあり、父なる神様へのとりなしでもあります。イエス様が私たちに抱いている愛と希望が響いてくるようです。


 よくよくあなたがたに言っておく。わたしを信じる者は、またわたしのしているわざをするであろう。そればかりか、もっと大きいわざをするであろう。わたしが父のみもとに行くからである。<ヨハネによる福音書14:12>


 主の偉大なお力によって、強くなろう!いや私たちはもうすでに強いのです。みことばは既に成就しています。私は主にあって、その偉大な力によって強いのです。





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