しおんのゆめ・・・わたしのまわりは神様からのプレゼントでいっぱい!

主が定める名






主が定める名




 このように、アブラハムは「神を信じた。それによって、彼は義と認められた」のである。
 だから、信仰による者こそアブラハムの子であることを、知るべきである。
 聖書は、神が異邦人を信仰によって義とされることを、あらかじめ知って、アブラハムに、「あなたによって、すべての国民は祝福されるであろう」との良い知らせを、予告したのである。<ガラテヤ人への手紙3:6~8>



 アブラハムに顕われた主のおことばは「あなたの名は祝福となれ」だ。

 神様はアブラハムと契約を結んだ。それは神様が、「今の私たちが信仰によって義とされるため」に、アブラハムを祝福の基としてくださったのだというのだからすごい。それは、異邦人である私たちへの大いなる祝福である。おかげで今はアブラハムの相続人とされている。

 アダムからの系図をアブラハムまでたどってきたが、なんだか旧約の世界が見えてくるようだ。天地創造からの素晴らしい言葉がモーセを通してパノラマのように私たちに啓示される。あらためて創世記ってなんて素晴らしいんだろうと感嘆せずにはいられない。

 みことばを研究し尽くした聖書学者でなくても、神学的にはとてつもなく未熟なものであったとしても、今の時代わたしたちは聖霊様によって神様からの啓示を直接いただくことができる。昔の預言者や、祭司、王様ではないが、今は全ての人に聖霊様は語って下さるからだ。

 アブラムは妻サライの言うことを承知してサライの仕え女ハガルによって子孫を得ようとした。しかしこれは神様のみ心ではない。しばし神様はアブラムの前に沈黙する。

 祝福の基としての契約を結びながらも自分の策を通そうとするアブラムの前に、再び主は顕われてくださる。そして動かすことの出来ない神様との契約を思い起こさせる。

 まず、第一声は「私は全能の神」という宣言だ。そして、私の前に歩み(私の顔の前に歩き回り)私の前に全かれと言われる。

 今から神様との契約は発効される、進みだすのだ。新しい名によってここから歩め、歩き始めよ、私と共に歩き回るのだといわれる。

 アブラムはアブラハムに、サライもサラと二人とも今から始まる新しい歩みにふさわしい多くの国民の父、また母(これは多くの異邦人の父、母との意もあるようで、びっくりしている)との名をいただくのである。この二人の名にはハーラフという歩き回るの意味があるヘブル語の頭文字が入ることによって変えられているようだ。

 わたしたちも、信仰によって(ただイエス様を信じるだけで)あなたにわたしは罪を認めない、あなたを義と認めると言って下さる主に人生の全てをまかせてみることを宣言しよう。そうすると魂の中にわたしの新しい名が生まれていることに気付くだろう。主と共に歩き回るという名である。



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