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我が魂は主をあがめる







我が魂は主をあがめる




 するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救主なる神をたたえます。<ルカによる福音書1:46、47>


 いよいよ2015年が始まりました。癒しと解放の年となることを期待しています。心から主をほめたたえます。


 マリヤは己を卑しく小さいものとして神のお言葉を受け入れました。そして神こそ大いなるものとして魂のどん底から主をほめたたえました。

 わたしたちは、どうかすると心のうわべだけで「主を賛美します」といいがちです。使い慣れた道具のように口から出てきます。これは少し言いすぎかもしれませんが「主の祈り」でさえもまるで念仏のようにとなえたりしかねないのです。

 私たちの霊そのものが「主をたたえる」ものでなければ魂だって、上っ面になるのは当たり前です。

 マリヤは自分の身に起こったことを、主をほめたたえ一気に歌っています。小さな自分に起こった大奇跡とも言うべき大きな出来事を信仰をもって受け止めています。

 この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、<ルカによる福音書1:48>

 ヤコブの妻レアがその仕え女ジルパによって子供を得た時、大喜びで「娘たちは私をしあわせな者と言うでしょう」(創世記30:13)といってアセルと名づけたというところがあります。ここだけではなく、マリヤの讃歌には旧約聖書の中にある御言葉と同じような言葉がたくさん使われているようです。

 そして、餓えているもの、貧しいものを良いもので飽かせ、権力のあるものや心のおごり高ぶるものを御腕を持って追い散らし王座から引きおろすといわれます。

 今の現状がまるで逆転してしまうような福音がマリヤによって預言されています。

 天使ガブリエルにマリヤが「お言葉どおりこの身になりますように」と言ったことばと同じことが私たちにも起こるんだといっているようです。まさしく、私の魂の中に生きてくださるインマヌエル(神われらと共に)と唱えられるイエス様はこの身に成って下さった確かな私の救い主です。


 主は、あわれみをお忘れにならず、その僕イスラエルを助けてくださいました。わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とをとこしえにあわれむと約束なさったとおりに」。 <ルカによる福音書1:54、55>


 イエス様のお約束は天地が創られる前から、マリヤの時も、今も、これからも変わりません。そのお言葉は、必ずこの身になるのです。主をあがめます。ハレルヤ!

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