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イエス様の御前に連れて行くために





イエス様の御前に連れて行くために




 求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。<マタイによる福音書7:7、8>



 ルカによる福音書5:17~26に、「ある人たちが、イエス様の御前に中風の男を連れて行くために、瓦をはぎ屋根から床のまま吊り下ろしたという記事があります。

 なぜ屋根からわざわざつり下ろしたかというと、イエス様の周りにはお話を聞くため、また病を癒していただくために集まってきた多くの人々に加えて、律法学者、パリサイ人達がイエス様の周りを取り囲んでいて、イエス様のおそばに近寄ることができなかったからなのです。

 わたしたちも、イエス様の近くに行きたいと思った時、あたかもこの群集のような大きな壁とも言える問題や、苦悩で近づけないということがあるかと思います。

 イエス様は目の前にいるのに、近寄れないというようなとき、割りとあっさり進むことをやめてしまったりします。あきらめるのが早すぎるというか、あまりにも知恵や努力にかけているようにさえ見えます。

 「求めてみよう、探してみよう、たたき続けてみよう」と希望を持って踏ん張り続けてみるならば、主によって私たちは勝利を勝ち取る鍵を握ることになります。

 イエス様はいつでも、私たちに対して熱心です。


 「主の熱心がこれをされるであろう」<Ⅱ列王記19:31> 


 主の熱心さに応えていく為には、私たちも熱心になることが一番です。

 中風の男を屋根をはいでまで、イエス様の御前に連れて行った人たちは、とにかく「イエス様の御前に連れて行きさえすれば癒される」という望みにかけていたのでしょうか。それは99パーセント中1パーセントの希望という、小さな小さな信仰かもしれません。

 床に寝たままで起き上がれない男の親族か、また友人だったのかもしれない彼らは必死にイエス様の前に男を連れて行くために頑張ったのです。

 自分の側に利益を求めず、誰からも覚えられることがなく、それどころか、壊した屋根の弁償をしなければならないような損失をも省みず、この人たちは愛のとりなしの業をおこなったのです。



 イエスは彼らの信仰を見て、「人よ、あなたの罪はゆるされた」と言われた。<ルカによる福音書5:20>



 イエス様は世でただお一人、私たちの罪を赦すことのできるお方です。その大いなる権威を持つお方が、彼らの信仰を見てくださったというのです。イエス様は私たちをもいつも見ていてくださるでしょう。私たちが大切に思う誰かのためにとりなして求め、祈り続けていくことは、主に与えられた素晴らしい特権であるのです。




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