しおんのゆめ・・・わたしのまわりは神様からのプレゼントでいっぱい!

聖霊様の働きの不思議さ



聖霊様の働きの不思議さ



 キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである<エペソ2:14~16>

 笑いと賛美でべテルチャーチ宣教チームによるミニストリーが始まった。

 当初大分合同ブレッシング主催ということで、賛美も司会も他の二教会にお願いしていたのだが、N先生のお声かけにより「キリストの福音大分教会」のメンバーですることとなった。実はこれこそが私たちの教会の新しい発進でもあった。

 確かに私たちの教会の賛美は演奏も選曲も、若者たちに比べて古臭いかもしれない。しかし、音楽ではない、賛美だ!「自分たちの持てる最高のものを主のみ前におささげしよう」という心で賛美をした。いつもに増して心に迫るものがあったのも確かだ。

 実は、さあ、開会の時刻 というとき、H先生から皆さん15分ほど遅れるという連絡が入ったのだ。
 司会をお願いしていた先生も遅れるわけで、わたしは司会に立ち、父ならばおなじことをしたであろうと思いながら、第一声大声で笑った。

 そんななか賛美が始まると、わたしたちの感謝の心は天に届くほどに燃えた。

 ところが感謝とおどろきはこれでは終わらなかった。思い返すたびに聖霊様の働きが胸の辺りにわきあがってくるのだ。

 次に不思議なこととしてあげたいのは預言のことだ。選ばれる方々が何故か他教会のかたばかりである。私たちの教会に個人への預言はないのかと思ってしまった。このことについての答えは次の朝、妹と話している中で与えられた。

 「キリストの福音大分教会」そのものが対象であったのだと感じたのである。

 それは、なぜかメッセージの中でブラザー・ユン(天国の人)の息子さんであるイサク師がすごい笑いをもたらしたことである。ほかの方々も何故か、笑いのすばらしさについて話題にしていたこともそうだ。

 「足を伸ばす」骨のことの奇跡についても詳しく証ししてくださったし(これは、いつも私たちのの教会でしていることだから皆も喜んだことと思う)、神の教会として、みなが一つとなって新しいスタートをきる、「いよいよ本番だぞ」といわんばかりのミニストリーが続いていたのだ。

 きわめつけはイサク師の「中国人として、日本に誤らなければならない。日本について悪いことをしたり、言ったり思ったりする中国を赦してください」とみなの前にひざまづいてあやまったのだ。兵役拒否して投獄された今はなき父を思い浮かべる。

 すると、H牧師が飛び出してきて「日本も誤らなければなりません。私たちこそ赦してください」とイサク師のまえに抱きかかえるようにしてひざまづいた。わたしとN先生もたまらず前に出て、共に抱きあいながら、赦しをこい、共に抱き合ってひとつとなりました。

 わたしたちと、そこに集まっている人々も共に聖霊様のお導きにより、互いに赦しあえたのである。二つのものが一つになる瞬間であった。国境を越え人の思いをはるかに越えてイエス様は私たちを赦し、愛し、十字架のもとに一つとしてくださったのだ。

 このミニストリーこそが聖霊様によるアウトリーチの実践というものであったのだろうか。アーメン!



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