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神の国で過越が成就する時







神の国で過越が成就する時



 イエスは彼らに言われた、「わたしは苦しみを受ける前に、あなたがたとこの過越の食事をしようと、切に望んでいた。
 あなたがたに言って置くが、神の国で過越が成就する時までは、わたしは二度と、この過越の食事をすることはない」。<ルカによる福音書22:15,16>




 イエス様は使徒たちと過越の食事をしたいと切に望んでいたらしいことがわかります。イエス様のたとえ話には、よく宴会の話、また食事の話が出てきます。黙示録にいたっては、「戸をあけてくれるならば・・・」と、イエス様が心の扉をノックしている様子を想像することが出来ます。


 見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。<ヨハネの黙示録3:20>




 イエス様が十字架で流された血潮は、旧約聖書の出エジプト記に書いている二本の柱と,かもいに塗られた子羊の血のように、私たちの魂に塗られた血のしるしです。神様が命を保証してくださっている血のしるしなのです。



 その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。<出エジプト記12:13>



 命を保証する血を流しに行かれる前に、このことの意味を表す、過越しの食事を使徒たちと共にしたいのだというイエス様の切なる願いはこのときの使徒たちにはわからなかったかもしれません。


 しかし、イエス様は過去も未来も今も同時に見られるお方です。この過越の食事をどれほど大切に思ったでしょうか。

 イエス様と共にある愛餐の時は、今の私たちにとってもすばらしいときです。



 それは、神の国において過越が満たされる時ですし、私たちの魂の中に神様の義とイエス様の愛が満たされるときであるのです。


 主が天の国をわたしの魂の中に実現しようとするとき、生死をわけた過越が、私の中で起こっているわけです。そして私たちのうちに過越が成就するのです。


 神様と私たちの完全な和解が成立します。


 使徒たちを愛したイエス様が、私たちとも同様に共に愛餐のときをすごしたいと願ってくださっている、そんな気がして嬉しくなりますね。
  


 

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