しおんのゆめ・・・わたしのまわりは神様からのプレゼントでいっぱい!

イエス様を喜ばす真の喜び







イエス様を喜ばす真の喜び




 ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上にかけさせた。それには「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と書いてあった。<ヨハネ19:19>


 ユダヤ人の祭司長たちがピラトに言った、「『ユダヤ人の王』と書かずに、『この人はユダヤ人の王と自称していた』と書いてほしい」。

 ピラトは答えた、「わたしが書いたことは、書いたままにしておけ」。<ヨハネ19:21、22>
 



史実のピラトがこういう人であったかどうかは別として、ルカによると、ピラトは知らぬままに神の御心を反映した言葉を発したように書かれています。神の御意志とご計画は、歴史の中で三つ撚りの強い糸のように切れることなく、今も続いています。

 イエス様の十字架そのものが、サタンの策略を逆手に取った、父なる神様のご計画です。どんなに優秀な策士が考え付くよりもすごい、神様の御手の業なのです。

 わたしたちも、このような神様のご計画の中で生きています。

 「どうして、私だけがこんなつらい目にあうのだろうか」

 「世界中で、私ほど苦しみにあっている人はいないでしょう」

 この世では、自虐的に生きる人が結構多いものです。自分を苦しみのヒーローか、ヒロインのように、とにかく他人にその苦しみを認めてもらいたいと思うのです。

しかし、惑わされてはいけません。

 他人に自分を同情してもらっても何も解決しません。苦しみは、そのままその人の中にあり続けるのです。

 私たちを苦しいと思わせるのはサタンです。惑わすのもサタンです。

 私たちの敵はサタンなのです。

 このサタンは、この世では支配者ですが、いかに強くとも、彼は完全に、昔も今も神様の支配下にあるものです。天に於いて彼の居場所はすでにありません。


 
 ハンナは祈って言った、「わたしの心は主によって喜び、わたしの力は主によって強められた、わたしの口は敵をあざ笑う、あなたの救によってわたしは楽しむからである。<サムエル上2:1>


 イエス様は勝利者です。死にいたる十字架でさえも栄光に変えられました。

 私たちもハンナのように、敵をあざ笑ってやりましょう。「フフフ、クスクス」と、ついには吹き出してしまうくらいあざ笑ってやりましょう。

 そうすると私たちはイエス様の十字架を喜び、自分の十字架と思える辛いものでも笑い飛ばすことが出来るでしょう。

 私の喜ぶ姿を見て、イエス様も喜びます。「イエス様の喜びが私の喜び、私の喜びはイエス様の喜び」となって、私のうちに満ち溢れるのです。






スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://shionnoyume.blog.fc2.com/tb.php/338-86638ec8