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「私たちを見なさい」




「私たちを見なさい」

 彼は、ペテロとヨハネとが、宮にはいって行こうとしているのを見て、施しをこうた。
ペテロとヨハネとは彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。 <使徒3:3、4>



 彼というのは、「生れながら足のきかない男」であって、施しを受けるのが彼の生業でありました。ですからその男がペテロとヨハネを見たのは、いつもの仕事をするためでした。

 ところが、二人をすでに見ているにもかかわらず「私たちを見なさい」といわれるのですから、「今日は特別に施しの多い日かもしれない」と、更に期待を持って二人を見つめたことでしょう。


 彼は何かもらえるのだろうと期待して、ふたりに注目していると、 ペテロが言った、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。<使途3;5、6>


 ペテロたちが、お金を持っていたかどうかはわかりませんが、少なくとも目の前の男に施すお金は一円も持たない、それどころか施す必要すらなかったのです。

 必要なものはただ一つ、「ナザレ人イエス・キリストの名によって歩く」ということでした。ペテロたちが持っていたものは、私たちにとっても唯一必要なものです。
 

 「ナザレ人イエス・キリスト」とはどういうお方でしょうか。

 ナザレというのは、イエス様の人としての出身地です。ここで育ち、ここから福音を知らせるために出て行った地です。神様が完全な人として、イエスという名でこの世に生きてくださったということを証するものです。「真の人であるイエス」ということにほかなりません。

  このお方こそが私の救い主であり、この世においてたった一人の私の主であるのです。

 「イエス・キリストこそ真の人であり、真の神」です。

 
 こう言って彼の右手を取って起してやると、足と、くるぶしとが、立ちどころに強くなって、 りあがって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神をさんびしながら、彼らと共に宮にはいって行った。 <3:7、8>


 私たちも「イエス・キリストの名」によって立ち上がり、「私を見てください」と言える人に創りかえられます。あなたは信じますか?


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