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ろばのあぎと骨



ろばのあぎと骨(聖歌719番)



   人に捨てられし 塵の中に
   うずもれてありし ろばの骨も
   主に見いだされて 引き上げられ
   力ある御手の 中にぞある
     -以下略ー

 この聖歌は「主よ、わたしを見つけ出し用いてください」と言うような歌詞です。主がお用いになれば、こんな小さな私でもすばらしい武器となり得ます。

 また、命からがら逃げてきた何も持たない私たちに、武器を備えてくださるのも神様です。

   
 彼はろばの新しいあご骨一つを見つけたので、手を伸べて取り、それをもって一千人を打ち殺した。 <士師15:15>


 神様は、ペリシテ人の縄からサムソンを解放し、たった一つの捨てられたろばのあごぼねを持って、勝利をもたらしてくださいました。

 そればかりか、くぼ地を裂き、水をも与えてくださいました。

 このときサムソンが神に呼ばわったからです。


「あなたはしもべの手をもって、この大きな救を施されたのに、わたしは今、かわいて死に、割礼をうけないものの手に陥ろうとしています」。< 士師15:18b>


 私たちが知るサムソンは、力持ちで、負けを知らない勇壮な人を想像しますが、どんな人でも神様の力なくしては一歩も前に進めない試練が訪れます。

 その時、神様が私たちに与えてくださる武器が果たしてなんであるのかはわかりません。しかし、与えられたものを武器として、しっかり使いこなすことが出来れば、勝利は私のものとなります。

サムソンは、ろばの骨をどういうふうに使いこなしたのでしょう。刀のようにふりまわしたのでしょうか、それとも、グローブのように腕に装着してボクシングのように相手を殴り倒していったのでしょうか。わかりませんね(笑)


 サムソンが使った一千人を倒すろばの骨も凄いですが、私たちがいただいている武器はサタンの要塞を破壊するほどの力があるものです。<Ⅱコリント10:4参照>

私たちに与えられる「ろばのあご骨」とは一体何でしょう。


 試練のとき、少しの間、目を閉じて祈り、その時に一番必要な「武器を与えてください」と信じ抜いて祈り求めようではないですか。


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